スコット・ジュレク著『EAT&RUN』『北へ』

※Team Lab★Borderless

年末の休暇に、50kmを超えるウルトラマラソン(主にトレイルランニング)で圧倒的な強さを誇ったスコット・ジュレク選手の本を2冊読んだ。2作目の『北へ』の書評を見かけたときに、偉大な選手が40歳を過ぎて抱く葛藤と新しい挑戦を描いているとあり、彼について知らなかったものの、今年自分も40歳を迎えることもあって手にとった。

最初に『北へ』を読み始めたが、ジュレク選手についての知識がなく、いまいちのめり込むことができず、一旦読むのをやめてしまった。しかし、去年から健康のために自分で弁当を作っていることもあり、1作目のEAT&RUNを読んでみると、彼の生い立ちとウルトラマラソンでの数々の偉業、食事に対する考え、ランニング仲間との関わりや私生活の様子から、スコット・ジュレクという選手の考えや生き方にとても興味を持った(ただし彼のような完全菜食主義者にはなろうと思わないが)。

そして、改めて『北へ』を読み始めると、アメリカのアパラチアン・トレイルという全長3500kmの道のりを南から北に向かって46日間かけて走り切るという挑戦に引き込まれてしまった。

Googleマップで、青森県北部にあるむつ市から鹿児島県南部の指宿市までの距離を調べると約1800kmなので、3500kmというのはその往復ということになる。それを1ヶ月半かけて、どんな天候でもひたすら走る続ける。トレイルなので当然アップダウンも激しい。

彼は、開始早々に足を怪我して続行すら怪しくなるも走り続け、後半は、一日7000kカロリーを摂取しているにも関わらず、身体が自らの筋肉を消化し始めて体中から酸っぱい匂いがしてきたり、最後の方は睡眠時間も削って走るので、普段は礼儀正しく謙虚な彼が怒りっぽく不安定になったりと、疲労という言葉では表現できない状態になっていく。

このような彼の挑戦を、妻のジェイルーや、数々のウルトラマラソン仲間や愛好家が代わる代わる支え、過去の最速記録よりわずか3時間だけ早くゴールに到達し新記録を樹立する。

この挑戦を、探検家・ノンフィクション作家の角幡唯介さんが解説しているが、それがまた良い。40歳という年齢について理解が深まったというか、こういう認識で過ごしてみたいと共感できる考えに出会った。これからの1年が楽しみになった2冊だった。

この本からの学びは3つ。

  1.  結果ではなく過程に集中する(EAT&RUN
  2.  今、その時に集中する(EAT&RUN
  3.  40歳、思いつきを引き受け実行すること(北へ)

1.結果ではなく過程に集中する(EAT&RUN

彼の著書の中で一貫しているのは、結果よりも過程が重要であり、それに集中すべきという考え方。私にもアイアンマンレースで実現したい目標や、その他色々と実現したいものはあるけれど、もし仮にそれが実現できなかったとしても後悔しないような日々を積み重ねようと改めて思った。

「どんなに全身全霊を傾けてゴールまで辿り着いたとしても、勝敗は結果でしか無いということ。勝ち負けより大事なのは、そのために何をどうしたか。準備は整っていたか?集中していたか?体調管理に気をつけていたか?しっかり健康的に食べていたか?トレーニングは適切だったか?しっかり自分を追い込んだか?こういう類の問こそが、僕のキャリアの指標になってきたし、何かの目標に向かっていく人にとってもーつまり誰にとってもー指標となるはずだ。(中略)自分の望んだものが得られたかどうかであなたの価値が決まるわけじゃない。自分の目標にどう向かっていったのかで決まる。」

「食べることも走ることも、ごくありふれたシンプルな活動だ。(中略)でも気持ちを込めて気を配りながら行い、今この時を大事にして謙虚になって行えば、こうしたシンプルな活動が超越への道につながる。自分より遥かに大きい何かへと続く道を照らしてくれる。締切や借金、勝利や敗北に追われてしまうことも多い。友達同士だって口論する。愛する人も去る。苦しみもある。100マイルのレースでーあるいは近所を5キロ走ったってー痛みは消えない。(中略)でも変わることはできる。一瞬では無理だけれど、時間をかければできる。人生はレースじゃない。ウルトラマラソンだってレースじゃない。そう見えるかもしれないけれど、そうじゃない。ゴールラインはない。目標に向かって努力をして、それを達成するのは大切だけれど、一番大事なことじゃない。大事なのは、どうやってそのゴールに向かうかだ。決定的に重要なのは今の一歩、今あなたが踏み出した一歩だ。」

2. 今、その時に集中する(EAT&RUN

ジュレク選手は、ウェスタンステーツ100160kmという超長距離のトレイルレース)を7連覇しているが、3回目のレースでは、70キロ過ぎの地点で足の靭帯を断裂したと思われる怪我をしたのに、そのまま走り切って優勝している。

「意思というのは単に強さの問題ではなく集中の問題」であり、その時の具体的な対処ステップは、「痛みをそのまま感じる」、「状況を把握する(命にかかわる怪我か等)」、「状況を改善するためにできることを考える」、「焦りや苦しいという感情を頭の中から取り除く」ことだと言う。最後のステップは、「今やらなければならないことに集中して、この状況の利点について考える」のがポイントで、このレースの時は「今やるべきは早いピッチで足を動かし、着地を軽くすること」、「利点は、くるぶしの激痛のおかげで、他の選手が苦しむ疲労や喉の渇きや筋肉の痛みが気にならなくなる」と考えたとのこと。

ここまで行くと痛みに弱い自分には絶対無理な領域だが、ネガティブな思考と現実を分けて考えることは、レースや練習においても活かせると感じた。レース中のトラブル時、例えば怪我やバイクのパンク、トイレに行きたくなった場合などでも、このような思考を知っておくと、冷静に集中力を切らさずに対処できるかもしれない。

また、練習にも集中しやすくなるだろう。達成したい状態にたどり着けない不安や焦り、他人との比較、事前の期待に満たなかった場合の落胆。様々な要因で練習への集中やモチベーションは左右されがち。そうではなく今やっていることにどれだけ集中できるか、そのためにどういう思考方法を見に付けておくか。その点にも注意して練習に取り組みたいと思った。

3. 40歳、思いつきを引き受け実行すること(北へ)

探検家・ノンフィクション作家の角幡唯介さんの本は、これまでエッセイに至るまでほぼすべて読んできたが、『北へ』の解説で彼の新たな文章を読むことができた。これを実現したい!と閃く瞬間と、それに挑戦して自分の未来を拓くこと。自分も、そういうサイクルを経験していきたいと思う。

40歳という年齢は、肉体を限界まで駆使する行動者には、特別な年齢だ。誰でもそうだが、20代、30代と一つの物事を追求すれば、自分でも気づかないうちに膨大な経験を蓄積している。経験を積むということは想像力が働くようになるということであり、経験値が高くなれば多くのことを予測できるようになる。その追求してきた一つの物事が自然を舞台にした冒険活動であれば、どこまでやれば自分が死なないか、ある程度、予測できるようになる。(中略)経験を積めば積むほど予測可能領域は広がり、それに伴い自分が実行可能だと思える活動の面積も大きくなっていき、40歳になる頃には、20代や30代前半ではとても考えつかなかったような途方もない行動の挑戦権があると感じられるうようになるのである。

その一方で、40歳は体力が次第に落ちていき、衰えを感じ始める年齢でもある。仮に衰えの実感がなくても、今後数年で衰えが始まることは確実だし、20代のときのように体力がどんどん伸びていくことは、ちょっと考えにくい。したがって40代は肉体活動者としての限界を見つめ始める年齢でもある。経験面ではできることが過去最大に膨らみ、何でもできるような気がするのに、体力的には明らかに終局が確実に近づいてきているのだ。その結果、40歳になった人間は、自分に残された時間は決して長くはないと感じる。その長くはない時間で一体自分は何をしたらいいだろうと考える。肉体の衰えをそのまま延長したら、そこに待っているのは死である。つまり、40歳というのはおのれの肉体的な死を見つめ始める年齢だともいえる。

「多くの読者は、彼がなぜそれほどまでして新記録樹立にこだわったのか、その根本的なことがわからないと感じるかもしれない。(中略)彼がこだわったのは、彼がそれを思いついてしまったからだ。アパラチアン・トレイルの最速踏破記録への挑戦という行為が、それまでの自分を更新してくれる新しい旅の形が、電光の如く閃いてしまったのである。(中略)彼がこの挑戦の試みを思いついたのは、彼がウルトラマラソンの伝説的ランナーとして輝かしい実績を残していたからである。この過去の歩みと経験が、彼に、ATの最速踏破記録挑戦という行為を閃かせた。その意味で、この思いつきは、彼の過去そのものが生み出したものと言える。彼の過去と経験が、ある一瞬、彼の人生に大きな揺れを引き起こし、その揺れが時間の流れの中でたわみとなって褶曲(しゅうきょく)し、大きく隆起して、彼の目の前に思いつきとなって現れたのだ。(中略)思いつきを引き受け、実行することは、自分の過去を引き受けることと同じであり、同時に現在の自分を更新して未来を切り拓くための行動である。ジュレクはATの記録挑戦の試みを人生の最高傑作とよび、巡礼にたとえたが、そこにはこうした意味が込められている。」

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